加地慶子

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zoom RSS 「やすらぎの郷」視聴中 1 「愛より急ぐものはどこにあったのだろう」

<<   作成日時 : 2017/05/10 19:01   >>

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 「やすらぎの郷」テレビ朝日帯ドラマ月〜金12:30 やすらぎの郷 視聴中  1

 ☆ 感慨深い主題歌

 「愛より急ぐものはどこにあったのだろう

 愛を後まわしにして何を急いだのだろう

 あまえてはいけない

 ときに情けはない

 何かをまちがえるな

 振り向く景色は

 あまりに遠い

 もういちど初めから

 もしもあなたと歩き出せるなら

 ただあなたに尽くしたい

  *主題歌「やすらぎの郷」
  *漢字、かな、改行他はテレビによる筆者の聞き取りであり、原文とは異なります。

 中島みゆきの主題歌に、考えてしまう。

 愛より急ぐものはどこにあったのだろう、と訊かれたら

 つい過去の人生を振り返るでしょう。

 あれでこれでよかったのか?

 忙しく活躍した人ほどそうだろう。

 悔恨ではないにしても、あそこはこうすることもできたのではと省みる。

 しかし時は戻らない。

 だからあれでよかったのよと思うしかないのだ。

 

 ☆どうせ老人ドラマでしょ


 失礼ながら最初は興味がなかった。

 予告によると老人ドラマのようで、

 どうせ介護に認知症に孤独死。

喪服一列のシーンを見ただけでドラマ「やすらぎの郷」の継続視聴になった人が多いのではないだろうか。
   やす そんなドラマなんか見たくない。


 ただ倉本聡の脚本を見逃すのは惜しい。

 それに石坂浩二の語りがよさそうだった。

 20分の帯ドラマだし、外れても時間の浪費になるほどではない。

 ランチの後の〜ととりあえず初回を録画予約した。

 老人は概ね汚い。

 見るに堪えない容貌、表情、所作ときには臭気を想像させる場合もある。

 その老人たちがドラマに出る。

 どう考えても見たくない。


 ここにこそ「やすらぎの郷」の設定が大きな役割を与えられている。

 やすらぎの郷には入居条件がある。

 首都圏のケアホームに入居した知人からは、入居金6000万円と聞いた。

 やすらぎの郷はその数倍だろうと思うだろうが、無料である。

 ただしここに入る資格があるのは、かつてテレビに貢献した者だけであり、

 入居したくても入れない。

 入居者はやすらぎの郷が指名する。


 ☆入居者は大スター

  女〜 八千草薫、有馬稲子、浅丘るり子、加賀マリコ、五月みどり、野際陽子、風吹ジュン
  男〜 石坂浩二、山本圭、ミッキーカーチス

  たとえば女優たちの登場(視聴者に紹介)は、石坂が最初に目にする女優たちという設定で
  
  息をのむ印象的なシーンだ。

  縦一列に喪服で登場する大女優がアップで一人ずつ視聴者に紹介される。

  同時にかつて(若いころ)の女優の写真がカットで挿入される。

  美しい! 

  若いころの女優だけではなく、現在の老いた女優たちが美しいのである。


  このらぎの郷の入居者は老人といっても大スターたち。
  
  普通の老人ではない。

  ここに脚本の設定が潜んでいる。

視聴者は薄汚れた老女を見るのではない。
  
  老いたとはいえ、華やかな浮世離れの女優たちを毎回見て楽しめる。

  浅丘ルリコのパンツファッションは少女の下半身である。

  そしてときどき挿入される若き頃の女優の美しさには、

  人の年齢のはかなさのようなメッセージが届けられる。

  いま若いAKBもやがて老いるときがくる。

  AKBたちが老いたとき、やすらぎの郷の老女優たちのような美を見せることができるか。

  そんなことも考える。 


☆ツイッターに「やすらぎの郷」

  昨日流れてきたツイッターに「やすらぎの郷」のファンツイートがあった。

  20代の人だったから、若い人も見ているようだ。

  ミッキーカーチスがカッコイイというツイートもあった。

  ゴールデンウイーク特集(午前10時〜)を初めて見た人が、

  よかったから続けて見たいとツイートしていた。

  ドラマ「やすらぎの郷」はだんだん話題になり、

  見る人を増やしているように感じる。

  私も最初の頃、ツイートしたしグループLINEで知らせた。

  おもしろいことを人はつい喋りたいもの。

  
  ☆ 女優たちのセリフの巧さ

  八千草薫のセリフのおもしろさは抜群である。

   ドラマ「やすらぎの郷」の女優たちのセリフの巧さに、

   セリフとはこれなのかと思った。

  テンポいい加賀が小気味よく、定番のような安定の野際、いかにも大女優の可愛らしさの浅丘、
  
  貫禄の有馬など、演技と言っては失礼なほどのグループ演技は息ぴったり。

    *石坂浩二

 語りのよさは言うまでもなく、顔の表情など、細部の演技の巧さに驚いている。

 妻の風吹ジュンの水着姿の写真を見たときの、男の表情にはハッとする。

 汚れ役のような新鮮さが風吹にあってちょっと見直した。

 だみ声は力作。

 吹雪の水着姿の美しいこと。

 このドラマに使われる若かりし頃のスターの写真が愉しめる。
   
 せっかくのテレビだから、愉しみのためにドラマを選び、週に1〜3本を見るようにしている。
刑事ものは殺人シーンが嫌で、あまりチャンネルを合せない。

   いいドラマを愉しみたいといつも待っている。
   番組表をチェックしている。  

☆ 倉本の批評精神のおもしろさ

  やすらぎの郷に集まっているのは、かつてテレビに貢献した人という設定。
  
  ただし、サラリーマンであるテレビ局社員は除外されている。

  テレビを盛り上げてきたスターたちは普通の老後とは異なる。
  
  そういう人たちのケア施設でのスターたちの会話には、

  当然、テレビ業界の裏話が出てくる。

  覗き見、盗み聞きしたい視聴者にはそこがまたおもしろいのである。

  現在、活躍中のタレントなんかも頭に浮かび、

  こういう意地悪もあるんじゃなかろうかと憂さ晴らしにも使える。

  テレビ業界にかぎらないが組織の理不尽なども窺える。

  倉本聡の一種の毒舌も混じり、ドラマは興味深くなっている。☆コミカル設定

  ここは死に近い者たちの場所である。

  だがこのドラマは明るい。

  俳優たちの巧みなコミカルさがおもしろいのだ。

  石坂の微妙な演技がこういうところでも力を発揮、

  心理描写になっている。

  
  浅丘が誕生会をキャンセルしてキャンセル料90万円をホテルから請求される場面。

  加賀と折半しようと浅丘は言う。

  なんでわたしが払わなきゃならないの、と加賀は強く断る。

  降りかかってはいけない石坂は、ちょっと目をそらす。

  そのあたりの心理描写としての演技のおかしさ。

   
  大事なのは、このドラマのコミカル性が決してドタバタのお笑いではない点にある。

  あくまで心理描写としての表現であり、出演者の人間性あっての成功なのだ。

  出演者たちの息の合った自然体の演技、表現が、脚本、演出の目標を達成させている。

  撮影現場がどうなのか知らないが、

  おそらく出演者、製作側、その他もろもろのドラマスタッフたちの調和があったのではないか。

  真摯に愉しく、ドラマを創造しようとする一人一人の思いが結集したように感じる。

☆ 舞台設定の緻密さ
  
  やすらぎの郷の出演者はスターばかりではない。

  ホテルとケア施設を合わせたよう施設であるから当然、厨房やフロントなどのスタッフがいる。

  この見せ方もまたかっこいいのだ。

  カートを運転したり浴場を管理したりのサポーターは颯爽とした若者である。
 
  揃って 現われるコンシェルジュは草刈民代らの元キャビンアテンダント。

  他にも医師や調理人、バーテンダーの若い娘と視聴者にとっての風景がよい。

  こんな老人ホームなら入って暮らしたいと思わせる設定である。

☆世間の勝手さ

 芸能界というところは華やかと言われる。

 週刊誌スキャンダルで番組降板、CM解約など

 哀れなほど厳しい世界に見える。

 その厳しい業界で活躍した大スターたちは尊敬され、いわば殿堂入りで後輩たちに崇められる存在。

 と思いきや、そうではなく、テレビに出なくなると恩を忘れて「さっと、引いて行く」。

 その場面。

 長年開いてきた浅丘の誕生パーティに「出席」の返信がきたのは八千草、加賀の二人(3人?)だった。
 
 以前はこのパーティに招かれるのは、玄能界のステータスになるほどだった。

 パーティ開催をキャンセルした後、八千草が教える。

 人を定めて野菜のナスで恨み、憎しみを晴らす儀式である。

 いいときは蟻のごとく集まる。

 落ち目になるとさっといなくなる。

 人の世とはこんなにさびしいものか。

 「自分を引き上げてもらえる者に群がり、

 その力がなくなった者からは去る」

★見せ方のおもしろさ

 昨日(5月9日)のヒデさん登場はモーターボートで砂浜に乗りつけるというもの。

 駅へ迎えに行った車には乗っていない。

 石坂と山本圭が崖上で釣りをしている。

 その崖下の海を割ってボートが近づく。

 ここは大女優の喪服の一列に次ぐ見せ場。
 
 テレビや映画の工夫はこういうところにあるのを知る。

 純文学はもっと怠慢である。

 鉄道駅に降りて迎えの車に乗って老人ホームに入っても差し支えない。

 ボートのほうがカッコイイだろうがそこまでエネルギーをかけない。

 どこもかしこも目に入る映画やドラマには、細部の描写が重要だ。

 小説では重要な描写しかないが、映像は部屋にある物すべてが必要になる。

置き物はなにか、新聞は、間取り、家具と小道具はきりない。それらを置くのか置かない

のか、これも人物設定に関係する

★ 「やすらぎの郷」の愉しさは組織に配置された人物が小道具のように生かされているところだ。

 
 Bar Casablanca のバーテンダーは若いカワイイ女子。

 カウンターに並ぶ老人たちとの短いやり取りがおもしろい。

 ここに老紳士を置かないのは成功。

 去られた者たちを「やすらぎの郷」が拾い上げた。

 業界をよく知る倉本聡の思いが窺える。

 芸能人の孤独死に、親しい人たちがそばにいなかったのかと不思議に思うときがある。

 あれほど活躍していたのに、だれもが疎遠だったと知り、驚く。

 葬儀でコメントする人たちに白々しい思うを抱くときもある。

 いまごろ哀悼の意を示すなら、生きているうちになぜと思うのだ。

 丑三つ時に集まった往年の大スターたちは、割りばしの先を削り、

 てんぷら油を熱し、ナスに割りばしを突き刺す。

 その際、憎むにんげんの名を叫ぶ。

 叫ばれた人には悪いことが起きるらしい。

 実際に一人が死ぬ。

 藁人形に5寸釘、呪い人形に火、などあるが、

 ナスは知らなかった。

  つづく
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